雑感/クラブ活動 〜部室でミーティングをした仲間たち、今もかわらずに〜

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2018.9.30 ライフワーク

どうも、シバク・ドワレです。

私は高校・大学を通じて7年間、山岳部に在籍していました。

その後、主に三十代のときに大学山岳部の監督として十数年現役学生の指導を拝命しましたので、ずいぶん長く関わっています。未だに高校・大学ともに山岳部のOB会を頻繁に幹事として開催していますので、離れた気になったことがありません。

もう55歳になったのに、学生時代のクラブ活動の事をいつまでも話すのはおかしいのでは?と思われますか?

しかし私にとって青春の象徴である山岳部は、いまだに人生の金字塔として君臨している輝かしい思い出です。

 

クラブにもいろいろあり、文化系体育系、様々ですよね。その中でも山岳部は、卒業してからもそのスポーツや類似行為を行うにあたり基本技術の習得が有意義に働くクラブの一つだと思います。

球技や格闘技などの競技系だとチームや相手が必要ですが、登山はソロでも行えるスポーツ/レクリエーションです。いくつになっても体力や体調に応じて登る事ができますし、経費も装備を一度良いものを揃えてしまえば、あとは交通費くらいで会員権や施設使用料などの高額なものは必要ありません。

そのスポーツ登山の初歩から積雪期までの基礎を学ぶことができるのが、特に大学に於ける体育会山岳部なのですが、私の所属していた高校山岳部では大学並みのトレーニグ/山行を行っていたのです。

 

当時の大学山岳部ではだいたいどこでもそうでしたが、我が山岳部では4月に新人として入部すると、5月に新人合宿の洗礼を受けます。

私のときは北アルプス穂高山群を、涸沢カールの底にある涸沢キャンプ指定地にベースキャンプを張って登りまくるものでした。

山に競争を持ち込む是非論は有りますが、幸か不幸かクラブとしての実力はオリンピック金メダル至上主義的観点からは低かったかもしれませんので、北穂滝谷や屏風岩などの究極の岩登りはしませんでした。

しかし北穂高岳東稜や前穂高岳北尾根などの基本的岩稜クライミングはひと通り経験しましたので、高校山岳部で岩歩きの基本を学んでいた私には、その仕上げとも呼べる良きステップアップになりました。

 

7月には夏山合宿を行います。

そこでは早くも剱岳の八ッ峰などの岩壁クライミングに挑戦するべく、20日前後の長期間定着による重装備に耐えるための40kg程の荷物を担ぐ訓練がありましたので、大学より登山を始めた新人にはキツさに耐えかねて退部した者もおり、夏山では新人は私一人になっていました。

 

夏山までの岩登りがひと通り終わると、早くも来るべき積雪期登山に向けての偵察を兼ねた秋山合宿が、学祭のために休講になる期間を利用して行われます。

私の頃は人員不足(3回生1人、新人1人)により劔や穂高は避けて白馬から鹿島槍の後立(ごたて/うしろたてやまれんぽう)に狙いを絞り、新人としての秋山合宿は大糸線神城駅からの遠見尾根経由五龍岳積雪期登頂を目標にして行いました。

秋山でルート偵察と必要に応じてデポを行い、雪の付いた3000m級稜線のアイゼン歩きとピッケルワークに慣れ、年末年始の冬山合宿では主にボッカ訓練とワカンでのラッセルトレーニング、雪洞での生活訓練を行いました。

そこまでの活動でほぼひと通りのスポーツアルピニズム登山のトレーニングを終えて、2月後半から3月の登頂アタックで一年の新人期間を終えてようやく一端の岳人として認められたのです。

リーダーとして指示するのか命令するのか 

なんのスポーツでもそうですが、やはり高校から基礎を学び日本アルプス登山の経験を積んでいるのは大きな武器になりました。

その経験が4月に上級生になったとき、11人もの新人を1人で訓練・指導するのに大いに役立ったのです。2回生で早くもCL(チーフリーダー)・主将として指導にあたるには、私の独善的かつ自己満足の性格が良い方向に向かい、カリスマ的立場を演じることでやや洗脳もあったでしょうが統率はとれていたと思っています。

 

いまから振り返ると、高校からの経験があるとはいうものの、歳が一つしか変わらない上級生によく付いてきてくれたものだと思います。競技系スポーツと違い、公式試合にあたる山岳部の合宿には、審判や監督はいないからです。全てを上級生であるチーフリーダーの判断の元に生活の全てを行い、岩と雪の峻険な高峰に挑むのですから、周囲から心配されるのは当然です。

実際後輩たちの親御さんからは、冬山合宿で帰阪するのが1日でも遅れると、上級生不足による遭難の危惧から私の実家の母に矢のような詰問がありました。

「山では天候が回復するまで、予備食を食べながら耐え忍んで待つものなんですよ」

と私が伝えた通りの対応をして、場を収めてくれた母には感謝しています。その当時は携帯電話などありませんからね。

 

このようにアルピニストとしての基礎を学べた山岳部。後のモンブラン山群エディーュ・デュ・ミディのコスミック岩壁登はんや、モンブラン本峰の登頂にその訓練が大いに役立ったのは言うまでもありません。

また、現在継続中の末期がん治療にも、メンタル面で強く支えになっているのも事実です。猛吹雪の中を1週間食べることもままならず雪洞で耐え忍んだ経験からすると、いくら点滴の不便と副作用がきついと言っても、空調の効いた病室のベッドは天国にさえ思えます。

 

これからも、山岳部の仲間に支えられながら過去の登山経験をいしずえとしてたくましく生きていくことでしょう。

2018.9.30

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