女尊男卑及びSNSの評価交換/雑感 〜世の中、完全に男女逆転ですな。正月早々無礼ですが〜

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大雪警報の朝、デリカ埋もれる/2007年1月

2019.1.4 ボヤキ初め

どうも、シバク・ドワレです。

今年1発目のボヤキは、かつての男尊女卑の如き現代に於ける女尊男卑です。

私は明治生まれではありませんが、ほぼその頃の男性の考えを踏襲しているでしょう。それは現代にはおよそマッチしない、前時代的な男性優位な考え。

ひんしゅくを買うであろう自覚はしています。

しかし、もういまさら改める気もさらさら無い。老い先短いかもしれない余生を、誰かに媚びながら生きるよりも我が道を歩んで行きます。

 

例えば、昨日のとんかつ屋での一コマ。

ロースカツ定食を二人分注文し、正月でもありとても混んでいたので出てくるのが遅かったのですが、アルバイト嬢が運んできたのはまず一人分でした。

「とりあえずお一人様分、お持ちしました」

この初心者マークを胸につけた女の子の応対にはなにも問題ありませんでしたが、その一人前のお膳を、さも当然のように妻の前に置きました。

 

ここまで読んで、なにがどうおかしいのか?と今の女性なら感じるでしょう。

しかし魂は明治生まれの私としては、先に亭主の前にセットするのが当然なので、ものすごく違和感を感じたのです。以前に何度も経験しているのですが、若い店員ほどその傾向が強く、年配になるに従って私に先に置くかと言えばそうでもありません。

昨日の若い女性店員は、ひょっとしたら家で母親が父親に接する態度を毎日見ているので、それが当然のようになにも考えずに行ったのでしょう。

彼女の行為そのものはごく自然な流れであり、特に私は何も言うことはありませんでした。当然ですね。それくらいでクレームを付けていたら、単なるDQNです。クレームを付ける内容でもありませんしね。単なる主観の問題ですから。

 

それが、40〜50代くらいの主婦と思われる女性の場合は、妻に先に置く場合もなにかメッセージを感じるのです。

当然、客商売ですから私の視線に対して文句を口に出すことはありませんが、

「女が先よ!あたりまえでしょ!」

的な気配がムンムン。

 

正月早々、実にみみっちい事象に対する記事でまことに申し訳ない。

これはどちらが良くて悪いかを論じるものではなく、時代の変遷を痛感した記事なんですよ。

 

スーパーで買い物をしていても、商品を選ぶのは先を歩く女性で、三歩下がって男性が言われたものを手にとってカゴに入れていく光景をよく目にします。

命令口調で、手際良く指示してゆく女性。

少しおびえながら、それを聞き逃すまいと必死になる男性。

こうなると、化粧の濃さも男性が勝っているように見えるのは、私の目が腐っているのでしょうか。

 

アメリカやフランスのレディファーストの真意を私は知りませんが、日本では既にレディファーストではなく、主従関係が確立している夫婦が基本のようです。もちろん、主たる女性と従たる男性。

 

私の夫婦関係はそうではありませんし、親父もそうではありませんでした。

今の世の中が女性上位でも、私には無関係なので別に嘆いている訳ではありません。他人であるオトコがどんな扱いを受けようが、私の知ったこっちゃない。

仮に、もしそのような扱いが嫌なら、正々堂々と奥方に申し述べれば良いのですから。

「ワイが先に歩いて行き先を決めるんやから、後からついてこい!」

とね。

 

妻から聞くところによると、世の主婦(女性)の中には、夫に家事を手伝ってもらうのではなく、家事の大半を男性がするべきとの意見を持っている方が多いそうです。

なぜなら、女性はママ友とのランチやサークルの活動に忙しく、家事をする暇があまり無いからだそうです。男性は仕事くらいしかすることが無いのだから、家に帰ったら家事をするべきなんだそう。。。

 

でも、夫にさせた洗濯の洗剤の量が違ったりたたみ方が気に障ったり、食器の洗い方がぞんざいだと怒り心頭で亭主にこっぴどく叱ってみたり。

開いた口が塞がりませんが、それを言うと向こうの開いた口が塞がらないのでしょうね。

 

もちろんそんな考えの主婦ばかりでは無いことは百も承知ですし、この記事に悪意があると感じられても否定しません。

私のブログは元々女性が読んでもチンプンカンプンな電気系や機械工学の話が主体ですから、目に留まる事も少ないでしょうが、もしウーマンリブの旗手(古っ!)が読んだら、自宅を突き止めて抗議に来られるかもしれませんね。

理論武装して受けて立ちますが。私は実にめんどくさい男なので、覚悟を決めてお越し下さい。

下へ続く

閑話休題

まったく話はどんでんしますが、SNSに於けるイイね!などや、このはてなブログの星(スター?)などの読後評価ってありますよね。

私も、よく付けます。

それは、必ず全文読んで、共感したらその度合いにより段階を付けてポチッとしています。

 

先述のように私の記事や投稿は、オートバイやキャンピングカー及びそのパーツ使用感想や、車の中で寝泊まりしたりオートバイで観光地以外の場所を訪れた旅行記などのかなりマニアックで超長文な趣味の話が多いのですが、それをアップしてものの30秒も経たないうちに評価が付く事があります。

 

この人ホンマに読んでるんかなぁ?と感じる事もあるのですが、その意味合いをまたまた妻に訊くと、おそらくイイねや星のつけあいを習慣にしている人なのでは?との推察。

 

つまり、記事の内容はどうでもよく、評価を付け合う事で連帯感を持ち続ける人たちが存在するらしいです。自分がブログなりSNSの投稿をアップした時に、イイね!を付けて欲しくてそのサインとして他人に評価を付ける。

だから他人の記事内容はどうでも良く、お互いの評価の数を増やす目的として発信するらしいです。

一種の中毒症状、依存症ですね。

 

それを悪く言うつもりはありませんが、私の感性にはちょっと受け入れられない事象です。

ブログや投稿を本気で書いている人に失礼だし、そもそも読んでないのに何がイイね!なのかサッパリ理解不能です。

 

他人様はともかく、私はこれぞと思った文章は真剣に読んで感想を胸に抱き、自分と合わなければ批判するのではなく二度と訪れる事をやめます。

金魚の糞の如く、トイレに行くのも誘い合わせて一緒に行くような読書はしたくありません。

 

様々な文章を読んで感性を広げ、取捨選択しながら他人の意見に耳を貸しつつ自分の思いを堅実に固める。

そんな生き方を、これからも続けて行きます。

2019.1.4

 

 

ご閲覧ありがとうございました。よろしければ他の記事も覗いて行ってくださいね。

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