六甲山/昔の思い出 〜どこから見てもいつもある、母親のような山〜

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2019.2.11 エッセイ

どうも、シバク・ドワレです。

六甲山。

大阪平野の小高いところからだと必ず西に細長くそびえ立つのを見渡せる、神戸市の名峰。

この山名(地名)を聞いて、なにを連想されるでしょうか。

私には、もちろん山なのですがふた通りの姿を見せてくれた山なのです。

 

まずは、その穏やかな遠方からの眺めとは裏腹の、峻険な岩場を持つアルプス的内容。

特に裏六甲と呼ばれる北側には、冬場にはアイスクライミングができるほど、大きな、そして凍りつく滝があります。

表六甲の芦屋ロックガーデンと共に、裏六甲の蓬莱峡や紅葉谷百間滝にて私はロッククライミングの基礎を学びました。

 

また、岩登り以外にも、全山縦走大会に代表される山頂を含む須磨浦公園から宝塚までの50kmにも及ぶ山稜縦走や、芦屋〜有馬温泉を峠越えする魚屋(ととや)道など、幾多にも及ぶ登山道にてボッカ訓練や本番山行直前の汗流しなどを行うのに、実にアクセスの良い駅前登山の山として利用させてもらいました。

何本かルートを山岳雑誌の取材で書き、撮った事もあります。

 

これは学生時代のみならず、最近でもトレーニングの場として本当によく登った山です。

下へ続く

足で登るだけではなく 

一方で、もう一つの山としての六甲。

これは、同じトレーニングでもオートバイの、コーナリングのそれです。

現在は表六甲や、裏六甲などの登山道路は二輪禁止になっている区間がありますが、昔は規制も緩く、また今でも登山縦走路と絡みながら伸びている山上のスカイラインは通行可能ですので、飛ばし過ぎなければ本当に好きワインディングの練習になります。

 

学生の頃、スズキのRG250Eと言う、今で呼ぶところのネイキッド軽量スポーツに乗っていました。

2ストで30馬力のそれは、重量126kgの車体には充分で、身体も今より15kg近く軽量化されていた私は、六甲のワインディングでCBやZなどのナナハンをよく追い回しており、タイトなコーナーでは時には抜かしていました。

重量差がありますし、こちらはスリムでヒラヒラなので、ライダーの実力差以上に有利だったのです。

 

きっとそれらの大型乗りたちは、クッさい2ストの煙を浴びせられ、悔しい思いをしたはずです。

しかし、全身をレース用特注のTAICHIツナギで固めた私に対して、彼らのほとんどはジーパンと革ジャン程度でしたから、ハナから飛ばす気など無かったかもしれません。

 

そんな私も、ホンダのMVX250Fで40馬力とさらに高出力を得ましたが、それ以上攻めると死ぬかもとの自制心が働き、天下の名車NSR250Rが発売される頃には4ストのツアラー、カワサキGPz400Fに乗り換えてツーリングばかりするようになりました。

こてこてフルカウルのレーサーレプリカが大ブームを起こしましたが、私はあまり興味がなかったのです。

 

このように、六甲山は私にとっては青春の道場に当たる、ナイスゲレンデなのです。

陽気が良くなれば、妻を乗せて走りに行こうかな。

2019.2.11

 

ご閲覧ありがとうございました。よろしければ他の記事も覗いて行ってくださいね。

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