離婚と破産と失業と生活保護と私・つぶやき/過去の思い出 〜あらためて、思い出したら笑みが出る〜

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2019.4.5 備忘録

どうも、シバク・ドワレです。

しばらく私の過去経歴をさらけ出していなかったのですが、備忘録の意を込めて記しておきましょう。

 

少年時代

→カメラに没頭。

同級生が活劇漫画やロボット特撮に興じても、まったく振り向かず。メカニカルなモノは好きなのだが、実物にしか目が行かなかった。オートバイにも興味が目覚め、近所の兄ちゃんのナナハンを触り倒す。でかいシリンダーのキックけっちんは足が折れるかと思った。エンジン始動には至らず、しばらく歩けず。

 

中学生

→ギターをポロロン、カメラもそれなり。

鉄道が大好きで、3年時に一人旅をして上京、上野駅のあまりの多彩な車種に感激。同時に周った信州では、松本城の浮世離れした美的建築に心奪われ、北アルプスに惹かれつつ高校へ進学する。

 

高校生

→山岳部や個人での登山一辺倒、受験戦争どこ吹く風ぞ。

オートバイにも目覚めたが、主に里山を徘徊する目的だった。現在へと続く山とオートバイの素性が生まれた期間。3年時は美術クラスを選択し、女だらけの至福を享受する(男10/女35)。夢よもう一度で、現在ナースに囲まれ享楽中。

 

大学生

→高校時代に目覚めた山とオートバイが一気に満開。

2スト中型二輪でコーナーを攻めまくり、山岳部や個人で岩を登りまくり、沢を遡行しまくる。女っ気はそれなり。バレンタインに自宅の床が抜けるほどではかろうじてなかった。心は海外登山に傾くも、まだまだ実力も資金も伴わなかった。

 

社会人一年生

→大学を四年間できちんと卒業するも、就職せず。

現在のフリーターの走りではなく、ヨーロッパへ渡航するためだった。帰国後にはカメラマン見習いをするも、浮気心が出てスキーや登山用品の卸し会社にも2年ほど参画する。

 

社会人中堅

→でっちを経て、個人事業主として写真家開業。

偉そうな肩書きだが、税務署から送付される青色申告強制ハガキ(青なのに赤紙と呼んでいる)に書いてあるから仕方がない。100円ライターと自虐してはいるが、有名誌に連載するなど文筆活動も業として、極めて多忙ながらも満足な日々。この頃が収入のサミットで、以降だだ下がり。人生山あり谷ありである。そのせいか、雑誌山と渓谷の仕事も回ってきた。

再度渡欧し、2度目の正直で念願のモンブラン登頂。恩師や他大学先輩などから、それくらいで偉そうに吹くな!などいろいろ言われたが、登ったもん勝ちである。現在の私にとって、例えわずか4810mしかなくとも、その足跡はチョモランマに等しい。

以後フリーランスカメラマンを継続しているが、元妻実家からの要請でいっとき医療機器修理業責任技術者の資格を取得し、生業のかたわら医療現場に頭を突っ込み、医学学会のランチョンセミナーにも参加して医学を学ぶ。これがのちの闘病に大いに活かされる。

 

社会人決裂

→今から12年前、横行結腸がんがステージ3Bで発見され、開腹切断手術を受ける。

見えないリンパ節に取り残しがあるので100%、必ず再発するであろうと告知されるが、医師の自信にも困ったものだ。見事的中。

手術後はなんとか業務を遂行していたが、体調は良くなく、このままこの女に一生尻を拭いてもらう事を土下座するくらいなら野垂れ死にしてやる!宣言をして離婚。子供よスマン。

同時に山奥とは言え巨額の住宅ローンの残債を一人で支払えるわけもなく、破産(現在は復権、あまり書くと生活に支障をきたすのでここまで)。

独居にてトラックドライバーなどをしながら食いつなぐが、肝臓に転移再発して失職。この段階でステージ4、末期がん患者となる。

生活保護にてかろうじて餓死を免れるが、肝臓切除後に見かねた高校山岳部先輩より富士登山に誘われ登頂。すぐに剱岳の危険なルートでの登頂にも成功し、自信を得て生活保護を打ち切り申請して復職。

市役所福祉担当課長からは末期に及んだがん患者として正気の沙汰ではないと強く慰留されるも、このまま国のカネを食い尽くしながら遊ぶほど精神は強くないと固辞。女性課長殿の本意ではないとの約束を取らされて、保護離脱。

決して捨てる事のなかったプロ用機材を用いて、カメラマンとして順調に復帰。

下へ続く

 上がったり下がったり、登ったり降ったり

お花畑の再婚/事態転換

→現在の妻を電気の波の上でナンパして、再婚。

これが私の人生最大の転機だ。リア充極めたネットサーファーとお呼び!

こんな幸せで良いのか!と涙に咽ぶも、好事魔多し。きっちり腹部大動脈周囲リンパ節複数に再再発。医師からは、治療を放棄すれば余命一年以内との告知を、宅急便を玄関で受け取るがごとく受領。はいはい。やるしかない。ワイっておとな〜〜。

いっこめの病院には1年半置いてもらうが、私立一般病院にて入院抗がん剤は儲からんとのごく当然な理由にて撤退命令を受け、現在のがん専病院に転院。これも人生の好転だろう。

そして、順調だった復職も、肺への再再再発にて終了間際。命の終了ではなく、仕事が、である。仕事なんて、人間にとっては些細なことだ。して当たり前では決してない。世の中には不労所得との言葉もあるが、カメラマン以外にも収入の手段など転がっている。

収入と認定するからには、不労のわけなどないのである。こうやってブログを書くキーボードを打つことも、立派な労働だ。

 

ざっと振り返っただけでも、

がん罹患/離婚/自己破産/失業/復職/転移再発/失業/生活保護/再婚/復職/転移再発/転移再発/失業間近

と、なんとも目まぐるしい推移に、笑いがこみ上げる。

アホか!って?

ご名答。

かしこなら、こんなこと書くことさえはばかられるだろう。

 

しかし、こうやって見た範囲でも復職が多いのであるが、全てカメラマンとしての復帰である。

小学生から続けたカメラへの愛着が基礎、好きこそ物の上手なれ、虚仮の一念岩をも通すそのものなのであるが、何度コケても立ち上がるのに手を貸してくれるお得意さん無くては、復帰などあり得ない。誠にもって感謝の意を捧げることしか現状の私にはできないが、あ〜りが〜とさ〜ん。

 

これを読んでいただき、何を感じられただろう。

よく生きてるな?

オーバーな表現が過ぎる?

 

ネガティブやポジディブな性格など、どうでもいい。

総てノンフィクションである。 

七転び八起きなのか、七転八倒なのか。

その答えを知るのは、あなたかもしれない。

2019.4.5

 

ご閲覧ありがとうございました。よろしければ他の記事も覗いて行ってくださいね。 自作キャンピングカーと大型オートバイを中心に、夫婦での旅記録が主な内容です。

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