山とSNS/雑感 〜存ぜぬ人とグループにて登ることのおそろしさ〜

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2019.8.12 お山の話

どうも、シバク・ドワレです。

昨日は祝日の山の日だったらしいのですがぜんぜん気付かなかったので、今夜は関連した話題を。まったく登山とは無関係な生活をしてますが。

 

皆さんはSNSを活用していますか?

フェイスブックとかツイッターとか、よく知りませんがインスタとか。既にかなり旧いツールやけど、LINEもSNSなのかな。

そのジャンルの中の一つで、私は痛い目に遭った事があります。

 

実生活で割と最近になって知り合いになった年配の女性に粘着されて、コメントに因るアラシを受けた末に、暴言を吐かれまくってブログや投稿の内容、そして私の生き方そのものをクソミソにけなされたのです。

知人のパートナーだったので、元はこちらからブログを読んでみてくださいと勧めたのが間違いの始まりなんですが、なんでしつこく粘着して文章の改善要求をしてきたり荒らしたりする必要が有ったのか理解不能

その人とはもう無縁ですが、嫌なら読まなければ良いのに。それだけの話でしょう。ストレスたまりまくりで文句を付けないと気が済まないのか、生まれついての性分なのか。もうどうでもよいですが。

 

その話とは無関係ですが、イイね!とかの付け合いにハマっている人も多いみたいですね。

このはてなブログの星(スター?)もそれの一種なのでしょうか。

私ははてなブログを始めてもうまる三年が経つというのに、未だに星のシステムをよく理解していませんし(色とか数とか)、ブックマークに至ってはまったく判らない。SNSもなんとなく始めたので、しきたりとか掟がチンプンカンプン。縛られるのが嫌な性分の旗手ですから、理解したとしても実行しませんけど。

 

最近あるブロガーさんの記事を読んだ時に、「はてなブログ互助会」なる掟があるのを知りました。

平たく言うと、星の付け合いみたいですな。

 

その掟とは、この記事は読んで面白かったから星を付けて感想としよう、ではなくて、数を競い合うためにかどうかは知りませんが、とにかく増やすために読まなくても星の付け合いっこをするらしいです。

なんか特売の日にチラシを片手に朝から店の前に並んで、品物の内容など吟味せずに割引率だけで買い漁る主婦を見ているような気がします。

 

と書くと、私がそのシステムに批判的みたいですが、そうではありません。単に私は星の数に、あまり興味が湧かないだけです。やりたい人はやれば良いと思います。

私は評論家では無いので、最近では星を付ける時も必ず三つに統一しています。面白く無いから一つ、やや興味があれば二つ、とかにはしていません。興味無ければ星など付けませんから。

との考えも間違ってるのかな?そもそもはてなブログの星を理解してまへんので。ようわからん。仕事ではないブログやSNSの形式に対して、「こうしなければいけないのか、こうするべきなのか」との発想がまったくもって湧かないのです。

 

もちろん、私の記事をちゃんと読んでくださって星を付けてくれはる方には、励みになりますから大いに感謝しとります。文脈や文言に対して的確なコメントもいただきますから、よくこんなダラダラとクソ長い記事を最後まで読む根気があるなあ。。と、感心することもあります。

が、私自身には内容も読まずに五つとか10個とか星やイイね!を付ける習慣がないので、つけあいっこにはならず、自分の星の数は多くて30前後でこの三年間あまり変化はありません。

お返しもしない時もありますので、それは申し訳なく思ってますが、単にジャマくさがりなだけです。ロケバンのリフォームが忙しいので。

下へ続く

イイね!を付けるくらいならイイのですが

さてさて、イイね!や星の話はともかく、山の日がらみの本題です。

そのようなネット上のイイね!やスターなどの付け合いは、微笑ましくもありそれを生きがいにするのも決して悪い事ではありませんから、別に気にしません。

しかし、SNSの中には登山に特化したものもあり、そこでは登山記録や行動の予定などを、見知らぬ人同士で頻繁にやり取りして役立てている人が多く存在します。もはやインターネット無しの暮らしなど考えられませんから、その行為自体をどうのこうの言うのではありません。

ネットでなくとも、昔から山の雑誌に投稿された記録を参考にして登るスタイルは有りましたし。

 

懸念しているのは、先ほどのイイね!の付け合い互助会的に、見知らぬ人が自然発生的にサークルを作って、ネット上で参加を呼びかけて嶮しく厳しい山に登る事なのです。いわゆる、オフ会的登山。

なんかいつも通り偉そうな書き方になってますね。

誰がどこの山に誰と登ろうが、それを咎める権利も義務も私には有りませんから、大きなお世話でしょう。

しかし、悲しい遭難事故を少しでも減らすために、嫌われ役を買って出る人生をずっと送ってきていますので、読者数は少ないブログではありますが、敢えて想いを綴ります。

 

そのネット自然発生団体登山のどこが怖いかと言うと、まず挙げられるのがリーダー不在。

自然発生に限って論じているのですから、誰かが主になってリーダーとなりパーティを結成するケースは除外しています。

いつもそれぞれが自分の山行記録をアップして、イイねやコメントを付けあって、なんかのキッカケで槍ヶ岳から穂高岳までみんなでバナナを持って縦走しよう!となったとします。参加希望者全員が、確実にその行程をこなす実力を備えているのならほとんど問題はありません。

 

しかしバーチャルなやり取りで怖いのは、虚栄心から自分の実力以上の自己評価をしてしまいがちな点なのです。そんな人ばかりではありませんが、バーチャルな付き合いには多めの傾向が伺えます。

一般ルートの岩場経験も無いのに一通りの登山経験があるとか、地図も読めないのに道に迷ったことなどない、とか。日頃のジョギングすらしないのに、体力は誰にも負けない、などなど。

 

それがゲームやアニメの評価、カメラやクルマの自慢大会ならいくらでも見栄を張ってもらって結構です。経済も回りますし。

しかし高峰の登山となると、話は違います。

人の記事を毎日見てるうちに、実際にはほとんど経験が無いのに自分も登っているような錯覚を覚えてしまったら、現地に於いて他のメンバーには恐怖しかありません。しかもリーダー不在。ここで引き返そう、この人は休ませよう、この人にペースを合わせよう。それらの判断をする役割を決めていないのですから、それぞれ自主的に判断する必要が生じます。

なのに、形式はパーティ登山。

 

晴れていて暖かい状態なら問題ありませんが、夏山でも気圧配置によっては3000mの稜線では一桁台前半の気温になるのは日常茶飯事です。その状況で、全身ずぶ濡れになって岩登りをしないとならないのです。ハイキングしかした事なければ、無理ですよね?

団子状態になって共倒れするか、ガスにより視界ゼロの中散り散りバラバラになり、立ち入ってはならない絶壁へ向かって死の坂を下ってしまったり。

それが見知らぬ人が適当に声を掛け合って集まったパーティ登山の危険性です。

せめて、関東なら奥多摩方面、関西なら六甲山などで準備合宿をして、打ち解け合うとともにそれぞれの実力を見極める必要があると思いますが、ぶっつけ本番が多いみたいですね。

 

私が熱く語ることでも無いのでしょうが、山はゲームのダンジョンではありません。

いくら電波が通じやすくなり、ツールの携帯性が便利になったとしても、何万年も前からその厳しさはほとんど変わっていないでしょう。

時代に流されて貴重な命を落とすことはしたく無いですね。

2019.8.12

 

ご閲覧ありがとうございました。よろしければ他の記事も覗いて行ってくださいね。 自作キャンピングカーと大型オートバイを中心に、夫婦での旅記録が主な内容です。

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