きらめき/私小説 〜月のみなもに想いを奪われ〜

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瀬戸の月明かり 岡山・牛窓にて Nikon D4 AF-s24~120mmf4N


2019.9.19 闘病中の私小説

どうも、シバク・ドワレです。

今日から入院して、早速化学療法中です。指先の痛さは相変わらずで、加えて背中の痛みと腹痛に悩まされとります。痛みは諸悪の根源、少しでも負担をかけないようにするべきなのに、ちょっと遊んで働き過ぎたかな?

まあ、入院中は点滴の鎮痛剤を処方してもらえるので、大船に乗った気分ではありますが。

 

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今回は各種検査が多く、その結果にも依りますが、少し長い入院になりそうです。

長い旅や秋のツーリングをしたいのですが、そんな呑気な事も言っていられません。ま、しゃあないですな。

下の私小説へ続く

掌編

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ーきらめきー

こんな想いをしたのは、どれくらい久しぶりだろうか。

ドクターに、

「今度のCT検査で今の薬が効いていない事が判れば、もうあまり打つ手がないんですよ。前の薬で肺転移して、今の薬でそれが大きくなっている訳だから。もし薬が効かないって状況になればの仮定ですけど、そうなったら長くて半年かなぁ」

と、告げられて、半ば納得。半ば自分の事ではないような現実喪失感。

適応機制のうち逃避が強く現れるのは、重要な難題にぶつかった時の私のデフォルトだ。そうやって、今まで多くの荒波に耐えてきた。

総てを捨てて逃げてしまいたい。

しかし、現実はそこに当たり前のように存在する。動かしようの無い事実だけが私の眼前に広がるのだ。

まるで大海原が太古の昔よりまったく姿を変えずに、人々の暮らしを支えるかのように。

 

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満月と小豆島


「おいちゃんがこんないちばん眺めの良いところを取るから、他の人たちが遠慮してキャンピングカーから出て来んよ?」

妻に諌められた。

 

「そうか?わざわざ芝生に手造りテーブルを出して、ペンションのデッキとかベンチを空けたのに?」

おそらく誰も出てこないのは虫が多いからか、はたまた私と妻の会話があまりにも幼く、はしゃいだ所為なのかもしれない。

隠れ家リゾートで二人くつろぐには、他人さんとの宴会は要らない。

なにも気遣うことなく妻と他愛無い会話をする事こそが、日頃の垢を洗い流すのに必要だからだ。

 

「なんでこんなに明るいんやろね。灯りがついてないとこも、お昼みたい」

月の明かりのおかげだとわかっていても、妻は喜ぶ。

 

「満月が上から射す直接光と、海面からの反射光で倍増するからやで。海がレフ板の役割をしてるんや」

「おいちゃんは、いつもそうやってクールに解説するね」

「それが仕事やからや」

 

ムーディな夜に理屈は不要だと思いながら、いつも間髪を入れずに理攻めにするのは悪い癖なのか。

いや、そうとも限らない。

妻が今までできなかった、大自然との触れ合いで掴んだ私の記憶と記録を、精一杯遺してやるためにはそうするしか無い。

大自然の驚異の目前でそのシステムを解き明かしたほうが、家の机で勉強する何百倍も、彼女の頭にずっと残るのは間違いない。

 

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グラスをそっと取って、その揺れる水面に満月を映してみる。

私が月と対峙する時の作法である。

大きめのロックアイスで幾つにも分断された満月を、思い切りよく飲み干して、ハーッと息を出す。まだ気温は高い時期なので、ロックグラスではなく真空のステンレスタンブラーなのが少々風流さに欠けるその焼酎。

 

本当は、もっと氷を融かして薄くして呑み、胃を守るべきなのだろう。しかし、ザルのように呑んでいた昔とは違い、もう量は入らない。喉元が焼けつくようなロックのウヰスキーなど、手にもしなくなった。腹が張るので、恵比寿ビールも小さなひと缶が精一杯だ。

 

如実に、そして確実に私の身体を蝕む、悪性腫瘍。

しかしながら、DNAが暴走して異常増殖を繰り返し親に反抗してはいるが、みな私の骨肉を分けた可愛い子供達である。

憎んでも、恨んでも仕方がない。

時に流れを任せ、しかし自棄にならぬよう感情をコントロールできる今が、この世に生を受けていちばん幸せな時なのかもしれない。

 

「あ、船が光ってる!」

「烏賊釣りの漁船が働き出したんやな」

「なんで光るん?」

「そうやって、イカを海面近くに誘き寄せるんやで。夜のオンナたちみたいに」

「おいちゃんはいつも誘われてるんやな」

「おまえに?」

 

目を上げれば小豆島に手が届きそうな、この牛窓の岬にある元ペンション。

左には黒島が浮かび、更に左奥には兵庫県家島諸島がぼんやり佇んでいる。

 

かつての若かりし頃は、瀬戸内海は嫌いだった。視界を遮る島が多過ぎるからだ。

太平洋や日本海の、打ち寄せる荒波とどこまでも果てしなく続く水平線に、がむしゃらに生きていかなければ置いていかれる自らの危機感を重ねていたのだろう。

 

が、今はその島々の連なりが、古代の昔より重要な航路の象徴である事に気付き、島陰に憩うようにのんびりと暮らす指針としている自分に、時の流れを感じる。

 

脚の腱を切ったことがあり弱視気味だった過去から、歩くのが得意ではない妻の灯台となるのが、今後の私の重要なテーマだ。

寄り道したって構わない。

誰よりも速く、遠くへなど行く必要は無い。

妻には、私の歩む道の羅針盤になってもらおう。

 

今宵なら免許は持っていても操縦したことの無い私でも、ヨットを操れる錯覚に陥るほど、凪いだ海。

あそこにヨットを浮かべて寝転んだら、どれほど気持ちが良いのだろう。

 

まだ雲に乗りたくは無いが、揺れの少ない月明かりの海になら、何時間でも木の葉になっていたい。

大空を自在に羽ばたく鷹を目指して無理をしていた昔よりも、今は鰯になって決まった水面を回る人生でも、長ければそれで良い。

 

「明日もここに泊まろうか」

「急にでも大丈夫なん?」

「もう、この特別一等地を明後日まで押さえられるか、訊いてある」

ここに訪れる前は、連泊するか決めていなかった。あまりロケーションが良くなければ、他の港を流離うつもりだった。しかし、着いてこのスペースに案内された途端、私の心は遥かに見下ろす瀬戸の島々に心奪われた。

仕事が無いのなら、三日でも四日でも居たくなる、魔法にかけられたのだ。

 

その魔法が解けないうちに、そこを離れて大阪にほど近いサービスエリアにて錨泊し、連日の仕事をこなして入院した。

病床の上に寝転んでいても、まだディーゼルの振動と狭い手造りのしとねを求めている自分がいる。

 

私たちの旅は、またまだ終わらない。

2019.9.19

 

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