緩和ケア移行/闘病記 〜廃人になると言われても、それは過去の呪縛だと言い聞かせるのみ〜

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2019.9.25 闘病記

どうも、シバク・ドワレです。

緩和ケアって言葉、聞いたことがあると思います。

がん患者が身近におられない方には、それに移行するイコールがんの終末期であり、もはや治療の手だてが無い死を待つ患者としてのイメージだと思います。

 

しかし、違います。

それは、緩和ケア病棟もしくはホスピスと呼ばれるところに入院し、或いは在宅ででも、本当にもう手の施しようの無いがん患者から痛みのみを取り去る医療の事です。

 

緩和ケアの実態は、ペインクリニックとの診療科があるように、痛みなど生活を邪魔する症状を取り去って、人間らしい生活の質(QOL)を高めるよう、がんの初期から標準的な積極的治療と平行して行われる治療なのです。

 

もちろん、緩和ケアの中には精神面の治療も含まれます。

がん鬱との症状があるように、がんに罹ると多大なストレスが架かり、平常心を保つことが難しくなるケースが多いからです。

そのため、医師や看護師のみならず、臨床心理士や時には宗教家などの助けを借りて、なんとか通常の生活を送れるように、との目的でかなり低めの敷居で緩和ケアがあるのです。

幸か不幸か、現在のところ私は宗教家の力は借りていませんし、予定もありません。私の思想信条そのものが、私にとっての生きる指針だからです。

 

私は今回の入院から、ステージが変わりました。

いわゆるがんの段階としてはとっくにステージⅣになっており、ラストステージである、いわゆる末期がんになっていますからその事では無く、投薬的に、です。

もう1年も背中や腰の痛みが持続しているので、それを少しでも和らげるために、前回までは入院中には点滴の鎮痛剤を処方されていました。頓服的に、激しく痛む時にナースコールを押して深夜でも血管に直接入れてもらっていたのです。

 

しかしそれだと、在宅時に対処できません。

それとほぼ同じ効果が期待できる座薬の鎮痛剤を退院時処方として出してもらっていますが、それだとせっかく肛門から挿入しても、下痢や水様便が酷い時は直ぐに押し戻されて排出されてしまいますし、その座薬鎮痛剤は粘膜への副作用がきつく、直腸や肛門周辺が潰瘍になってしまうのです。

そのため、今回からはついに医療用麻薬の初歩的な薬を微量から処方してもらう事になりました。以前の記事で同じようなことを書きましたが、点滴の非麻薬系鎮痛剤のことを私が勝手に麻薬と勘違いしており、違いました。今回が麻薬の筆下ろしです。

効くかどうかは、ある程度やってみないと判りません。

 

特に医療従事者からは投薬でのステージが変わったとは告知されませんでしたが、自らはそう判断しています。ただ単に、今まで使っていなかった医療用麻薬を服用するので、物事の仕分けとしてステージが変わったと勝手に呼んでいるだけです。

何故ステージが変わったと自己判断しているかと言えば、その薬を使用しだした途端、急激に弱ったりせん妄が発症して寝たきりになる患者をよく見てきたからです。

 

が、しかし、それを使い出したからと言って、全員が弱るわけではありません。

がんに限りませんが、病気の治療に先入観と固定観念は百害あって一利なし。私はそう思っています。

まあ、なんに対してもそうですが。

世の中に、決めつけほどアホな思考は無い!

歳を食ってドンドン頭が固くなってきてはいますが、可能な限り高野豆腐のような吸収と放出を繰り返す柔軟な思考を続けたいです。

下へ続く

まだまだ微量なので 

 

とりあえずその麻薬を服用しての第1のハードル、眠気と吐き気は訪れずに済んでいます。

その眠気が顕著に出てしまうと、運転がし難くなりますから出ないで良かった。もっときつい、モルヒネなどとは比較にならない微量だからでしょう。

法律でその薬を飲んだら運転禁止とは定められていないそうですが、やはり何と言っても麻薬ですから。

 

 

なんにせよ、私が既に緩和ケア患者に移行した事は紛れのない事実です。だからといって何も変わりませんが。

痛いなら、それを取ってもらう。

辛いなら、和らげる。

そんな、治療ではごく当たり前のことを、固定観念により

「そんな薬を飲んだら人生終わりやから飲みたく無い!」

などとスネて拒否するのは愚の骨頂。かつて私の親戚の年寄りには存在しましたし、入院中にも散見しますが。

 

これからも私は、自らの判断力がある限り、極めて冷静かつ客観的な洞察をしながら治療を自分で進めて、それに対する医学的考察や法的処方の助けを医療従事者に求めたいと思っています。

仕事はもちろん、登山や運転の判断でも同じですが、例え感動する嬉しい事象でも、興奮してアドレナリンを分泌させてしまうと薬剤が効いているかどうか判りづらくなりますので、務めて平静さを保っているのです。

 

一喜一憂しない。

これが、少しでも良い環境で闘病する秘訣です。

2019.9.25

 

ご閲覧ありがとうございました。よろしければ他の記事も覗いて行ってくださいね。 自作キャンピングカーと大型オートバイを中心に、夫婦での旅記録が主な内容です。

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