言葉を描くこと・無理なく長文を書く方法/ブログ 〜どんどんと枝葉を伸ばしてのびのびと〜

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2019.11.29 エッセイ

どうも、シバク・ドワレです。

 

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楽しい夕げのひと時にいきなりのグロ画像、恐縮です。

が、誠にもって押し付けですが、この程度の画像で動揺して取り乱していたなら、大事故や大病に遭遇した時に耐えられませんよ。そのような親心なんです。

大きなお世話やって?そうですか。

 

先ほど、ケモ後にくる水様便の第1波が急に訪れ、意思とは裏腹に滲み出ましたので急いでトイレに向かいました。

きのう、あれだけ動揺して錯乱して取り乱すな、と誓いを立てたのに、舌の根も乾かぬうちにこのザマです。

 

トイレには間に合ったのですが、おそらく下半身が錯乱したのでしょうね。いや、実態は、麻薬を昨日から倍量に強くしたことにより、フラつきがあったのだと思います。

その時に、クロックスを履き損ねて、端っこに爪囲炎になっている親指の爪を思いっきり引っ掛けてしまったのです。爪が少し剥がれた状態。

個室の中でしばし絶句。

しかし、そこからは落ち着いていました。トレペで止血しながら病室へ戻り、ナースコール。若くて可愛いナースにより洗浄と消毒処置のあと、ガーゼを当てて終了。

痛いやろって?もちろん。

 

さてみなさん、日頃の思いを文章化していますか?はてなブログの読者さんなら自分のページをお持ちでしょうから、書いてますよね、頻度はともかく。

人間は退化しやすい動物で、ある行為を毎日ルーチンワークとして行ううちは考えずともできるのですが、それを疎かにすると、途端にできなくなってきます。中には、毎日だと内容が薄くなるからある程度思いをまとめて一気に書き連ねるほうが良いできになる、と思われる方もいらっしゃるでしょう。

正論ですね。

 

私は、毎日ルーチンワークにしてモチベーションを保つタイプです。

いや、そのような分類は当てはまらないかもしれない。昔教員たちの間で流行った言葉に、「書き魔」があるのですが、私はそのトップランナー、旗持ちでしょう。

国語科の小論文や作文はもちろんのこと、社会科や美術の筆記問題にまで、原稿が書ききれずにはみ出すほど、書き連ねました。

今思うにそれは、私から先生への挑戦状だったと思えます。

 

国語科は山岳部の顧問をしてもらったり、山好きな教師が多かったせいか、高得点が期待できる科目でした。社会科も同じです。国語科の主たる山岳部顧問が私の高2進級時に他校へ転勤しましたので、社会科から二人を無理矢理引き入れたのです。

そのうちの一人は1年次の担任でした。私が山に没頭するあまり、中3時の優秀な成績がガタ落ちするのを見かねて顧問になってくれたのです。

 

しかし社会科は私の好きなジャンルでありますし、暗記すれば良いだけなのでテスト前の付け焼き刃でも、卒業はできました。塾や予備校などには通いませんでしたから、もちろん超有名大学には行っていませんが、あまり関係無かったと思っています。

出身校よりも、実社会に出てからのカメラマン/ライターとして裏社会への出入りのほうが、数倍勉強になったと実感しています。

 

しかしながら、プロでライターとして継続して事業を行うには、ベースとなる文章力と根気が必要です。いや、実はそんな受験勉強みたいな事より、考えてもいないのに指が勝手に動いてスラスラと文章化してしまう、霊能的自動書記の能力が求められます。

怪しいですか?

その通り。

怪しく無いライターの記事など、読む値打ちもありません。100円ライターなら高価なほうで、いまや一円ライターとの蔑称も存在する低ギャラの時代です。

下へ続く

 

プロである必要など無い世界

さて、プロがいくらギャラを貰っていようが、みなさんには関係ありませんよね。興味はあるかもしれませんが。

それよりも、これらのブログをどうやって更新し続けるか、そのほうが興味津々だと思います。

私は以前にも何度か記事にしましたが、以下の方法で毎日1600〜3000文字程度のブログを執筆しています。長ければ良いものではなく、むしろいかに短い文章で人を惹きつけるオモロい記事を書くか。そのほうが難しくはあります。

でも、どうやっても300〜400W(原稿用紙1枚)程度を書くのが必死で、それもどんどん頻度が減り、どうやって閉鎖を免れようかと思案している人は読んで参考にしてください。

 

私は、まず書きたい本筋の前に、100〜200W程度のその日の出来事的なことを書きます。いわゆる、マクラですね。

なんでもいいんですよ、内容は。時候の挨拶でも良いし、隣の犬に子供が生まれた、とかでも。ただし、あくまでもマクラですから、引っ張り過ぎては、せっかくのその日に著したい文章が死んでしまいますから、ほどほどに。

この、「私は〜ほどほどに」だけで、何文字あると思います?160Wです。ですので、その日に原稿用紙4枚分を書きたいと思うなら、マクラはこの倍、つまり全体の2割程度に収めるのが無難です。

あくまでも私の戦略であり、もっと高明なるエッセイストや作家の先生などは違うと思いますから、いろんな本をお読みください。

 

そう、書けないなあと悩んでいる人は、おそらく本や長文を読む習慣がなくなってしまい、LINEの一文字チャットか、せいぜいツイッターやインスタグラムの短文でのやり取りに慣れてしまっているのだと思います。

それはそれでコミュニケーションツールとしは良いのですが、相手から

「オタク、文章長過ぎ。論文でも書いたら?」

と自分の長文読解力の無さを棚上げして、喧嘩を売られるのは不本意です(実例。推定60前後の前期高齢者女性に書き込まれた)

 

マクラが終わったらいよいよ本文(ほんもん)ですが、そこへ入るときに連続性を持たせましょうか。俗に言う、起承転結ですね。

具体的には、例えばマクラを

「寒くなったと思ったら、冬型の気圧配置なんですね。〜〜」

と書き出したなら、

「さて、寒くなったらいよいよスキーの季節です。私は〜〜」

などと、文脈を繋いでゆくのです。私はここで既に起承転結の転とすることがよくありますが、その時でもマクラの文調を保ち、違和感なく入り込めるようにしています。

例えば、マクラがですます調で柔らかかったのに、本文で急に論文もしくは報告書調になる事のないように留意しています。

 

そのつぎに、本文としてその日に書きたい想いをあらかた書いてしまえば、私は読者に休憩してもらう意味で間に大広告を挟みます。 

そのとき、かならずそこで終わるのでは無い印に、

「下へ続く」

との定型キャッチを入れています。

こういうキャッチコピーや接続詞・リードなどは縁の下の力持ちではありますが、記事全体を盛り上げる準主役でもあります。

 

そして長めの広告の後、リードです。

「スキーとは離れますが」

などの10W前後のサブタイトル的なリードを置くと、読者に軽い先入観を与えて空想を広げやすくできます。想像してもらうのが書き手にとっての幸せですから、それをしてもらいやすくする努力が必要です。

そして、

「スキー以外に、私は新雪ラッセルするとの遊びがあり〇〇」

などと書き出します。先ほど述べた、転換点の転ですね。

そして、いよいよ最終章。

「それら総ての遊びを一度にできる、冬の車中泊が大好きです」

のように、結論付けます。

 

これらを、単に思い付きだけで書いて終わると、それは小学生の作文。画像を挟んでも、絵日記程度です。

ならどうするか?

まずは、書いた記事を繰り返し繰り返し、10回は読み直すのです。すると、誤字脱字を見つけられますし、この表現は明らかにおかしい、との間違い探しに始まり、やがてその太い幹である第一歩の文章に枝葉を伸ばしてやるのです。

ちょうど真っ白のキャンパスに最初にこげ茶で太い幹を描き、その上に薄い色で枝や葉っぱを載せて仕上げてゆくように。

 

「スキーを始めた時は、思うように滑れませんでした」

これでは小学校低学年ですよね。でも、最初はそんな箇条書きのような殴り書きで良いのです。その後の構成時に、

「私が山岳部の先輩からスキーに行かないか?と初めて誘われたとき、単に荷物担ぎが欲しいのでは?との疑惑が生じました。結果その通り、初めてスキーを履く私には、30kgの荷物は重過ぎて真っ直ぐには滑らなかったのです」

とリライトします。

これくらい書き加えれば、大学生程度にはなります。

それ以上のレベル、大作家の世界は私も知りませんから、各自努力してください。

シツコイかな、くらいに枝葉を伸ばしてちょうどだと思いますよ。ポートレートを撮るときに、

「思いっきり笑ってね!クスリ、とかニコ、くらいやと写真にはまったく笑顔では無い写りになるから。口を大きく開けて、アハハ!と笑ってね!」

と誘いながら撮るのと一緒です。

 

さあ、頑張りましょう!

2019.11.29

 

ご閲覧ありがとうございました。よろしければ他の記事も覗いて行ってくださいね。 自作キャンピングカーと大型オートバイを中心に、夫婦での旅記録が主な内容です。

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